コトコト日記


’89 LYNCH BAGES

 
 伊勢外宮前料理店 ココット山下 店主です

 一番こころに残っているワインは何ですか?

 時々聞いたりする

 皆それぞれに

 いろいろな想いがある

 すんごく美味しかったの

 大切な人と飲んだの

 記念日に飲んだの

 祝杯をあげたの

 めっちゃ高かったの

 エチケットの一目ぼれしたの

 自分が作ったの

 etc...

 
 わたしはランシュバージュ

 それは鼻水まみれで味は良く覚えていない


 32歳で厨房を出てサービスの仕事をするようになった

 すぐに厨房に戻るからと

 腰掛け的な気持ちもあったのは事実

 毎日流されるように過ぎていった

 軽井沢の店

 毎日いいワインがポンポン空いた

 わたしはただ

 開けて注ぐ

 それだけの人だった

 ある日

 ランシュバージュのハーフボトルを選んだ女性のお客様

 いつものようにお出しすると

 その女性の顔が曇って

 “わたしが以前に飲んだランシュバージュはこんな味じゃなかった”

 と、おっしゃった

 “飲んでみてください”

 と、少しいただいた

 わからなかった

 真っ白になった

 “わかる者に聞いてきます”

 と、いただいたワインを持って厨房にいるシェフに味見してもらった

 “正常だよ。何がいけないの?”

 と、言われ、

 そのようにお客様に伝える事しかできなかった

 “あなた、ソムリエですか?”

 と、聞かれ、

 “いいえ、違います”

 と、答えた

 “別の物にお取り替えします”

 と、自腹を覚悟で申し出てはみたが断られた

 確実に、そのお客様は

 われわれのレストランでの

 その時間と

 その料理と

 そのワインを

 楽しむことはできていなかった

 楽しみに来ていただいていたはずなのに。。。


 お客様がひけると

 泣けてきた

 申し訳ない気持ちとふがいなさで

 涙と鼻水まみれになった


 個室に残っていらしたソワニエのお客様とは

 シェフは仲が良くって

 いつもスタッフを全員帰してから

 美味しいワインで長い夜を楽しむことがよくあったのだけれど

 その日、シェフは

 “今日は疲れちゃったから、あなた、ワインのサーブしてくれる?”

 と、わたしを残した

 地下のカーブに降りて行ったシェフは

 3000本のワイン達の中から

 “いつもブルゴーニュだから、たまにはボルドーもいいでしょ”

 と、にこっと笑って1本持ってきた

 ’89 LYNCH BAGES だった

 はっとした

 ああ、わたしのためにこれを選んでくれたんだ。。。

 と、

 そして、ソワニエのお客様に

 “今夜はこんな事があってね。。。”

 と、先ほどの事を話し始めた

 ランシュバージュをわたしにも注いでくださって

 また泣きそうになった

 ソワニエのお客様は

 “きっと、安心して飲みたかったんだよね”

 と、おっしゃった

 “おどおどした人にサービスされると不安になるじゃない?”

 “自信をもって行っちゃえばいいんだよー”

 と。。。

 自信なんてまるでなかった

 また鼻水まみれだ。。。

 帰り際に、シェフが

 “ソムリエが偉いとは思わないけど、

 あなたの自信につながるのなら、受けてみてもいいのかもね?”

 と、ぽつりと言った


 その次の年わたしは試験を受けていた


 資格を取った今も

 あの頃とは全く変わらない

 自信なんてこれっぽっちもない

 でも、

 あの時みたいに

 おどおどしなくなった

 
 変わっていくものだ


 あれから一度もランシュバージュは飲んでいない


 いつか、とびっきりの時に飲む事にしよう!


 長ーい話読んでくれて

 今日もありがとうございます!



 

 
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by ise-cocotte | 2013-05-07 12:39 | 日々のこと


小さな料理店店主の日記。
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